節分

旧暦の大晦日にあたり、新年を迎えるための、邪気や疫病を祓う行事。古代中国の行事が奈良時代に日本に伝わり、宮中の年中行事となった。現在の豆まきの風習は、室町時代に始まり、江戸時代に一般庶民に広まった。

豆まきの日には、柊の葉(鬼が葉のとげを嫌い、鬼を寄せ付けず、退散させる。)、魚のお頭を豆の茎に付け火であぶったもの(魚の頭を炙るときの呪文は「この火で、畑の虫も、体の穢れ、虫を焼いてしまいます。この火で、畑の虫も、体の穢れ、虫を焼いてしまいます。」を繰り返す。

油がしたたり落ち始が適期であり、一番厳しいにおいとなる。

鬼は魚などの生臭いものを嫌い、家に近づかない)を戸口(家の戸口だけでなく、井戸、物置、倉庫、車庫などなどの入り口に飾り、最初は家の中から、各部屋の窓を開け、「福は内、鬼は外、をくりかえす。」最後に玄関より外に出て、家だけでなく、井戸、物置、倉庫、車庫などヒイラギと魚の頭を供えたところなどの入り口で豆まきを行う。子供の頃は近所の人たちが、大きな声で豆まきをしており、その声が聞こえてきたが、昨今では我が家だけのようで寂しいかがする。ぜひ残し伝えていきたい行事である。

豆まきの日の食事は、白斑を炊き、頭を落とした魚をおかずと決まっていた。汁物はごった煮、漬物は沢庵付け、白菜漬けなどが添えられた。食事が終わると、急須に煎った大豆を入れ湯を注ぎ「副茶」として、大豆の煎られた香ばしい香りを楽しんだ。

煎った大豆は一生枡に容れ、白飯を器に盛り戎大国様にお供えをし、五穀豊穣・疫病退散を願い祈る。

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